庫裏➁

永禄九年(1566)九月三十日。昼四つ

頬かむり姿の長身の男が忍び足で市姫がいる座敷の前まで来た。

大胆にも男は

中の気配をうかがいちょつと襖を開けそっと座敷を覗いた。

ほほが緩んだ男

昼寝から覚めしばしまどろんでいる市姫の素顔が可愛い。

口を押さえて小さくあくびをした風情もいい。

三十路には見えない顔を傾け何か思案している様子もまたいい。

何かをおもいだしたのかフイに立ち上がったので男は物陰に隠れた。

 

中廊下に出て真っ直ぐ湯殿まで来た市姫。

湯殿を覗く市姫を物陰からうかがう男。

窓から差し込んだ陽に輝く満々と溢れた湯を見て嬉しそうに白い歯を見せた。

湯殿に入る市姫。

躊躇なく着物を脱ぎ捨て湯船の縁をすっと跨いで湯に入った。

湯を肩にかけ気持ちよさそうだ。

満ち満ちた湯に体を預けウトウトッとしかけなにか気配を感じたようだ。

湯気の向こうを透かし見る市姫。

目を細めると影が動きびっくりした市姫。

直ぐ釜焚きの男が控えているのが分かり安心した市姫。

身を乗り出し「背中を流してゴスケ」と言った。

ゴスケと呼ばれた男。

背丈よりも横幅のほうが広く見えるほどの、まるでカニみたいな体形の男が肯いて下帯姿で立ち上がった。

「わたくしは裸ですからお前も裸に」

と大胆なことを言った市姫。

それはダメだと言わんばかりに首を振ったゴスケ。 

首は振ったが下帯姿で浴槽に近寄ったゴスケ。

両腕を伸ばし市姫の腋の下を支えてスポッと湯から抜きあげたゴスケ。

腕を突っ張ったままくるっと踵を返し湯いすにそっと座らせた。

あの吹雪の中抱っこされクルッと回った気持ちよさを思い出した市姫。

後に回ったゴスケ。

糠袋で背中を程よい力加減で擦り始めた。

「ああっ気持がいい」と嘆声を漏らした市姫。

そして

幼少よりひとまかせの習慣が、「前も!」と当然のように言った。

憑かれたように前に回ったゴスケ。

さすがに目は閉じ手探りで足の先から洗い始めた。

そして

膝にかかったゴスケの手を取り胸に押し当てた市姫が手を離してもゴスケの手は胸から離れず下帯を外そうとした白い指にも最早抵抗しなかった。

何か気配を感じ辺りを見回した市姫。

かまわず仰向けにしたゴスケに覆いかぶさった市姫。

しばらくしたら二人とも気持がよくなった。

頬かむりした男も気持がよくなった。

 

木守り柿① 

同じ日。昼四つ半。

一晩でお福のお腹の具合がよくなったのは、小六が飲ませた薬のお陰かどうか分からないけど、お礼を言おうとした小六がさっきから拝殿を窺ってちらちらと見ている目線の先はお徳のようにお福には見えた。

ちなみにお福がお腹を壊した原因は、大垣で食べた柿があんまり美味しくてつい食べ過ぎた所為なのだ。

「大丈夫お福?」と心配そうなお市さま。

大丈夫ですと肯いて神社に来て拝殿に上がったけど、手馴れた小六組の女衆と先乗りの女衆に混じって慣れない針仕事にもたつ福

緊張しているお福の気を楽にしようと

「吾助さんの背中気持ちよかったでしょうお福」

とお徳がからかった。

ちょっとむっとしたお福。

十五にもなって未だ未通のお福をからかわないでほしいと思ったけど、それどころではないのは吾助さんの背中でおしっこをもらしてしまったこと。

吾助さんが気付いていない筈ないから恥ずかしいお福。

でもとお福は思う

おしっこが出てしまったとき恥ずかしかったけど気持がよかったのも本当で、思い出したら血がのぼって困っていたらお香さんが、「お市さまにお茶をお持ちしたら」と助け舟を出してくれた。

これ幸いとお茶とお饅頭をお盆に載せ、庫裏にもどって座敷を覗いたら誰も居なかった。 

お市さまは何処え?と首をかしげたら薄暗い中廊下の向こうから何かが来た。

目を凝らすと裸のお市さまを抱えた下帯姿の吾助さんだ。

わけが分からず固まってしまったわたしを無視し、寝床にお市さまを寝かして踵を返し去っていく吾助さんは何処え。

懸命に金縛りを解きお市さまを目の端に吾助さんを追う。

焚口にもどって樋にかけてあった着物をはおり裏木戸から山に向う吾助。

「吾助さん待って、お願い吾助さん」

必死に追いつき縋りついたお福を引きずり、高い枝に赤く熟した実を残した木守り柿を縫って上え上えお寺の屋根も見えなくなった。

「吾助さん止まって、お願い吾助さん」

と叫びながら吾助さんを止めるには体を張るよりない。

とっさに倒れて足をかかえイタイイタイと転げまわる途中鮮明に目に映った青い空に真っ黒い雲が一瞬で湧き上がった。

稲妻が光り乱れた襟元から大粒な雨が一滴、すうっとふくらみを伝わる感触を感じながら恥ずかしいのを我慢して襟元を乱れたままにした。

吾助は見たのか

ひょいと抱き上げられ手近な小屋に。

重ねた麻袋に下ろしいきなり着物を脱いだのでぎょっとしてうめいた。

なおもうめくと

麻袋の上に脱いだ着物を敷いて寝かせ心配そうに覗き込んだ吾助。

ここぞとうめき続けるとごつい手で足首を取り(ここか?)と聞くので首を振るとここかと膝にさわった。

以前風呂場で、(お前は無男好きのするからだ気をつけなさい)とお徳さんに言われたことを思い出し、無我夢中で吾助さんの手を取り襟元に誘い込んだが振り払われ、仰向けに倒れた拍子に裾前がまくれ上がった。

女になりたい一心!!!

露わになった真沙羅な太ももを必死に交叉させ、「お市さまにしたように」とうったえ両手で顔を覆った。

やがて赤く熟しきった柿の実が一つ小屋の屋根にぼてっと落ちた。

お市さまにもこんなことしたのね。風呂場でしたの」と恥ずかしさを誤魔化すため睨みつけると、「おれはやっていない」首を振る吾助。

「うそつき」

と言ったけど、これでもうお徳さんにからかわれることはなくなったと思いながら吾助の二の腕をおもいっきりつねり、「もういっかい」とねだった。

また一つ熟した柿の実が小屋の屋根にぼたっと落ちた