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庫裏③
永禄九年(1566)九月三十日。昼四つ半過ぎ。
時を忘れ拝殿で忙しなく動くお徳。
お徳の姿に見とれていたら横目でにらまれた小六。
慌てて境内に目を移した小六。
早朝に大野木から運ばれてきた神輿に取り付き、職人たちに指図している源吉が目に入ったのでに近づき、「何とかなりそうか」と聞くと渋い顔した源吉。
あんまりえまくいっなさそうだなと思いながら
「もし薙刀を輿に取り付けることになったら寸法を取る必要があるのか?」と小六が聞くと当然だという顔をした源吉。
頷いた小六に、供頭が寄こした役に立ちそうもない供侍二人(鈴木貞道、佐野信利)が「おれたちは何をしたらいいのだ」と言うので「とりあえず見物でも」といって笑っていたら源次郎がふいに現われた。
輿をろくに見もせず「芯までくさっているな」と言い捨てて去って行った。
あからさまにくさっていると言われ顔を歪めた源吉の肩を慰めるように叩いた小六、目に入った一輪の野菊を手折って知恩寺に向った。
ぶらぶら行くと遠目に知恩寺の裏木戸が開いた。
着物をはおりながら吾助が出てきて山のほうに向かった。
続いてお福が飛び出てきて「吾助さん待って」と叫んで後を追った
はて何処えと首をかしげた小六。
庫裏に入った小六。
玄関脇の小部屋を覗く小六。
警護の供侍(内田宗友)が気持よさそうに転寝している。
役に立たんなと思いながら
薄暗い中廊下を通り座敷の襖の前で止まった小六。
「御免、小六です入ってよろしいか」と声をかける。
どうぞといいかけた声が「ちょっとお待ちなさい」と変わり、なんかもたついているような気配に「大丈夫ですか」心配になったが、「大丈夫、もう少しお待ちなさい」と言いしばらくして「お入りなさい」と声がかかった。
御免と襖を開けギョットした小六。
今ことが終わったかのように乱れた感じで着物をまとった市姫の姿。
「一人で着物を着たことが無いの」と(をんな)を魅せて呟き、「小六殿に声を掛けられ目が覚めたら裸でしたからちょっと慌てました」と言ってにっこり笑ったので裸を想像してうろたえた小六。
そのせいで吾助とお福のことは言いそびれ聞きそびれた小六。
とっさに持っていた野菊を差し出し、
「これをどうぞ」としどろもどろになりながら「せっかくお休みのところ失礼しました」と言ってうろたえたのを誤魔化す小六。
まあっ嬉しいと野菊を受け取った市姫
「嫁菜かしらいいにおい」と野菊を嗅ぐ市姫。
気を取り直した小六が長押に目をやり、
「薙刀は輿に取り付けるのですね」と訊くと、「薙刀?なんのこと」と首をかしげた市姫にかまわず「輿に取り付けますよ」と念を押した小六。
輿?ああそんな話もあったわねえと輿に乗ることを思い出したようだ。
「輿にのればいいのですね小六殿の言うとおりに」
と言って手に持っていた野菊を床の間に飾られた花瓶に挿した。
野に咲く花も床の間にもよく合いますと言い、
「お徳をどうしても馬に乗せたいのね小六殿は」と言った市姫。
でもと
「お徳が乗って恥ずかしくない馬が見つかったのですか」と訊く市姫。
「馬はいます(あの馬競べでお徳か乗った四郎嵐もいた)お徳が乗って恥ずかしくない馬が何頭か」と答えた小六。
「あらっ居たのですか何頭も」と呆れた顔を笑っておさめた市姫が、「小六殿は秀吉殿の身内なの」と何気に訊いた。
「いや身内ではない」身内ではないがと小六「頼まれたといおうか雇われたといおうか……」はっきりしない小六。
「そうなの」とちょっと思案し「墨俣の砦でお徳に惹かれたみたいですけど、小六殿は独り身なの」と聞く市姫に、
「もういい年だが、未だ独り身なのは間違いございません」
と真面目に答える小六。
「よそに囲っているおなごは居ないのね」
「それは居ません」
そうですかならよろしいと市姫。
さらに
「小六殿は風体から見て主に仕える武士でもなさそうだけど何をしているのです。収入はいかほどです」と娘を嫁にやる母親のような市姫。
ちょっと困ったような小六。
「いろいろ。よろず相談何でも屋ですよ」
面白そうですねと頷き、
「冶重郎殿とは顔見知りみたいですけど、三郎さまと会ったことがあるの?」
と世間話になった市姫。
「だいぶ前ですが同じ筏に乗って川を下ったことが……」
とほっとしたような小六。
「そうでしたか。薙刀は輿に付けてください」と言ってさらに「お徳はこのことを知らないのならわたくしから話しますからここに。それと冶重郎殿にもここに来るように伝えてください」と言って目を閉じた市姫
「承知しました」
と言って立ち上がり長押の薙刀に手を伸ばした小六。