二条舘⑥

元亀元年(1570年)五月八日。

例年通り梅雨が始まっていた。伏して迎えた顔をこわごわ上げたお菊の目が、見下ろす三郎信長の目と合い、あっと声を上げそうになったがかろうじて飲み込んだ。

「お菊かごくろう。これからも義昭公にはげめ」

と言う意外に柔らかな三郎信長の声が遠ざかり、敦賀の件で折檻される心配をも忘れてしまうほどの衝撃。この前見た男たらしの黒い瞳とはまったく違う、人の心を見抜くような見抜かないような別人かと思うほどのおかしな碧い目になっていた。

   *

「浅井備前が謀反とは、信じられないこと」

未だに信じられない想いで信長を見た義昭から目を逸らして信長が言った。

「信じられないことは多々あること。知らぬ間に留守を狙ったかのように元号が変わったのもその一つだが……。いまさら謀反では無いと言っても詮無いこと。舞台に上がったら幕が下りるまで演じ続けなければ見ている観客が承知しない」

そうだなお菊と言って振り向いた信長の目と今度は落ち着いて交わり、人を見抜く目では無い事が分かったが何だか分からない妙な感じだった。

三郎信長がこんな妙な目になったのは、ひょっとして……。

後ろめたさを感じながら信長の目を凝視したお菊が意味もなく、「おそれいります」と言いながら耐えきれず合わせた目をすうっと逸らせた瞬間、心の奥底にある(三郎信長と肌を合わせたがっている)自分の欲望が見えてしまった。

 

(ああっそういうことなの!)と分かってそそけ立ったお菊。信長と目を合わせた者の視線は反射し、自身の隠れた心の深部や恥部を否応無く見てしまう。そして、見た事により負った深傷を見抜かれた思い込みがえぐり、のたうつことになる。

秘すべき心を見られた想いにうろたえ、「将軍様にお子が……」と取り繕ったお菊のお腹を見た信長。「それは目出度いこと。しかし出来たのは……」

と言いもって腹を据え、遠慮なく正面から義昭の顔を見た信長の目は、男垂らしの目と同じように、本人にはその気は些かも無いのに勝手に見抜かれたと思わせてしまう厄介な目だが、「うんっ何か?」見返して動じない義昭の様子におやっと思いながら、「出来たのはお晶さんという若い方」とことさら明るく言ったお菊がさらに、わたしのように毎日がんばっても出来ないのに、ちょっとやっただけで出来てしまった理不尽な巡り合わせを恨みながら、種無しではなかったのだと安心した拍子に、「義昭様と晶殿とはお種の出会いがよろしいようで!」と言わずもがなのことを言ってしまった。

ほおっと可愛らしさを感じた信長に、「閨では公方様に素顔を見せるのか」と意表をつかれたうえに顔を覗きこまれ、一旦引いた赤みがより濃くあらわれた。

女をあからさまに見せたお菊の顔が、(言っては駄目)と義昭を睨んだ。

普段に無い可愛らしい顔で睨まれドキッとした義昭。

「お菊の素顔は可愛いのだ!」とうろたえながら言った義昭に乗った信長が、「女はみんな素顔の方が可愛い」と素顔を見たそうな顔をしたのでたまらず、「お二人でもって女をいたぶってそんなに面白いのですか! 好い加減にしてください」と叫んだお菊に一層の可愛らしさを感じた信長が、「いたぶるつもりは毛頭ないが逆に訊きたい、此の弾正忠信長をからかってそんなに面白いのか!」と言ってまた覗き込んだ。

面白いのです、と言おうと思ったのに覗き込まれ、閨ではしたなく三郎信長を誘う己の姿を見られてしまったと居た堪れなくなったお菊は、「お茶を入れ替えてきます」と裾を乱して立ち上がりそそくさと部屋から出て行きながら思った。以前義昭公の爆発を心配して偉そうなことを言ったけど、今度は三郎信長の爆発が心配になった。

  *

元号は内裏の専権事項なのだ。改元はわたしも知らなかった」と呟いた義昭が気を取り直し、「六角勢がまたぞろ出てきたらしいが……」と言った。

「六角勢は追い散らしたが、あちこちの有象無象を叩くのに追われている」

「長い戦乱で縺れた憎しみ、そう簡単には収まらないだろう。ところで先ほどの浅井の件だが、浅井備前の謀反は誤解だった、とも受け取れる口ぶりだったが…」

「そう誤解でした。陣中見舞のつもりが予期せぬ事態が重なり謀反になってしまったと」

「陣中見舞?まさか!」

「将軍として本願寺に何か命令された覚えがありますか」

「無い。顕如も謀反にはびっくりしていたと聞いたが」

やはり!。「お菊か?」たぶん……。

「お菊がなぜ?例の芝居の話か?」

「そう、間者に化けた門徒が(御謀叛)と注進。いっ時慌てさせ直ぐ誤報だと分かる筋書きの筈なのに浅井長政が陣中見舞いにノコノコ出かけて行くことはまさかの想定外。加えて本願寺顕如の思惑が予想を超えて絡んだ結果このような有様に……」

と言って唇を噛んだ信長。(あの時小便をちびるほど驚いたのが原因かどうか分からないが、気が付いたら今までとは逆に人の心の醜さしか見えなくなっていた)

 

「小谷からは何も言ってこないのか、釈明とか」

「小谷の親子は今度の事を自分たちの瑕疵とは思っていないはず」

「若い息子はともかく父親の方は分別が無い男なのか?」

「あの市蝶が魅かれるほどの男、普通の男では無いが……」

「義父といえど父親に! まさか二人は……」

二条館を訪ねてきた時のエロイ姿が義昭の目にはっきり浮かんだ。

「貴方は謀反のことより二人の道行の方が気になる?」

「勘ぐるのも程が……気になっているのはお菊のこと」

「お菊を咎めるつもりはありません、約束の芝居ですから」

「芝居だからといってお菊に何も言わないのはどうかと思う。事情を知りながら浅井長政に言い訳も求めず知らん顔をするもどうかと思う。がなるほどその方が楽だな」

うろたえた心を誤魔化すために何時になく強い口調になり、思っていたが言わなかったことをつい口に出した義昭の非難ともいえる嫌味を受け流して信長が言った。

正親町天皇は雨漏りを直したがり、公家衆は荘園領を回復したがり、お菊は将軍の子を欲しがり、寺社は特権を守りたがり、本願寺顕如は妻女殿の誤解を解きたがり、浅井の親子は男の意地をはりあっているようだ。で義昭将軍は何を望んでおられる」

顔を覗き込まれ言い過ぎたと思った義昭が紅潮して言った。

「お菊がつくりたがっている山を一緒につくり一緒に上ろうかと、ずるいかな」

「いささか、一人一山ゆえ。それにしても公方様はお菊にくびったけですね」

とことさらくだけた感じで義昭を窺い笑った信長が言った。

「外冦に備えて天下を収めるのがこの弾正忠の定めとしてもその後の天下を治めるのは別の人物。旧来の陋習を改め、新たな山をつくられる気はありせんか?」

「天下を収めるには勢いがあれば足りるが、旧来の陋習を改め天下を治めるのは容易なことではない。下手をすれば、強者におもねり弱者を痛めつけ、戦場に送った若者が流す血と涙を娯楽とするような、酷薄なヤカラのための山を重ねてつくることになる」

足利十五代の意気地な目が真っ直ぐ信長を見た。

小谷城

元亀元年(1570)秋八月二日

姉川の合戦以来夫長政は上の城に移ったが、下の姫屋敷に居座っているお市の方

今日が二日なのだと気付いて山登りを思い出した。四歳になる茶々姫の手をひいたお福と、二歳の次女初姫を背負った吾助を連れて物見櫓に上がり、眼下の豊かな実りから遠ざけられた夫長政の執着は母の胎内の羊水に揺られている幸せなのだと思った。

正面に筋を引く姉川を隔てて霞んで見える横山城に、小谷城を監視するために守将として木下秀吉が、在番として蜂須賀小六が居ると聞く。

「お福、あのお城に小六どのが居ます、睨み合っている今のうちに吾助とあそこに行って尾張にでも美濃にでも、墨俣にはお徳が居ますし、帰りなさい」

と言うお市の方にお福が、「そんなことおっしゃって御自分だけ格好つけようったってそうはいきませんよ」と言ったとき階段から聞き覚えのある足音がして現れた長政。

「上ってくる姿が上から見えた。元気にしているようだな」

と言って笑った長政に隠れるようにそっと姿を見せたお香。

  *

あの桜の宴が終演し館に帰る長政にお香を付添わせお市の方。もしかしたらと思ったがまさかになった。おぼこの筈のお香を長政が抱いたのは酔っていたからなのか? それとも、おぼこでも年増ならいいのか? あるいは、おぼこで無くなっていたのか?

 誰も知らないが、先を想い吾助を誘って女になっていたお香。

 *

「元気ですわ。あたもお元気そうでなによりです。それにお香も」

と言って笑った市蝶が差しのべた手に縋り変わらぬ感触が嬉しくて笑ったお香。

そんな二人の様子と落ちつかなそうな長政の様子に頷いたお福。

「茶々さまが催されたようなので下に降ります。お香さんも一緒に。吾助さんも」

と言ってさっさと階段を降りて行ったお福の様子がお徳に似てきたのを感じて微笑んだお市の方が、「だっこして下さいません新九郎さま! あの時のように」と言った。

あの時、館の前になだれ込み輿から降りようとしてふらついた花嫁を抱き上げた新九郎。

「いいとも」と抱きかかえた長政が、「この豊かな近江の地をおれの我侭で守りきれなくなりそうだ」と言ったので、「まだ負けると決まっていませんし、たとえ浅井が滅びても貴方の好きな此処はなくなりません。ごめんなさい滅びるなんて」と市蝶が言ったら、「いいのだその通りだ。滅びるのは世の常のこと代わりは幾らでもいる。ただオレのつまらん意地で領民の血を流させることになるのは心が痛む」」と言う夫が愛おしくなり、顔を近づけた市蝶は首筋を優しく撫ぜあくる元亀二年七月、三女小督を生んだ。

 

小谷城

元亀元年(1570)秋八月二十六日。

随っていた朝倉景健が市之介に案内され上の城に登って行くのを見送った浅井長政朝倉義景は下の館の居間で向かい合った。上座にゆったりと座った朝倉義景は、初めてこの館に来たとは思えないほどに落ち着き払って辺りを見回し、「弾正忠殿が岐阜を発ったらしいな」と言ったので頷いた長政が、「三好勢が阿波から大阪に渡海したと聞くが、烏合の衆にどれほどの力があるのだ」と言う義景に言った。

本願寺が加勢するでしょう。顕如自らの檄文が左衛門様のところにも届いたとおもいます。三好勢とも連絡を取りうまくいけば挟み撃ちにして兄上を討ち取ることも」

備前殿は酷い目にあわされた本願寺に恨みはないのか」

「まったく、わたしが間抜けだっただけです」

と言うこの男は人が好いのか馬鹿なのかとあきれながら義景が言った。

「分からんのは、なぜ本願寺顕如は弾正忠殿に敵対するかだ」

本願寺については市蝶がなにか言っていたが……」

と言う長政に、「市蝶どのは何を知っているのだ」と興味はなさげな義景。

「直接、市蝶にお訊きになりたい?」と長政。

「まあな……」とお市の方を思いながらさりげなく言った義景。

朝倉義景の頭を離れないのは本願寺顕如より高嶺を越えて来た男の狂気。

 

『小谷の女がやってきた。男としての能力がどうのこうのとおちょくられ、腹が立ったが危険な姿態で夫の性癖を面白おかしく言う女に刺激され元気がわいた。薄絹をまとった妖姫に目も眩んだがそれより、あの三日間のやり取りで心が揺り動かされ生きていることを感じ、自分でも信じられなかったができた。しかし萎えていた勇気が薄目を開け、谷を出る気になったとき、生来の(狂気)を秘めた男が突然幻のように現れ作り物の勇気は圧倒された。何故何処からと混乱するわたしに、「お徳が心配で駆けてきた」と言って笑った男織田弾正忠信長。たかが侍女ごときのために冬には雪も凍りつく越前と美濃を隔てる高嶺を越え、(元服前、宗滴曾祖叔父に連れられ美濃を目指したが途中で引き返した道なき道を逆に)安藤守就が治める美濃本巣から、朝倉景鏡が治める越前大野まで、獣道をかきわけときには怖気ずく馬を背負い、景鏡に案内され馬をいたわりながら揚揚と現れた男。われに返って照れた顔を見せた男。何時でも何処でもどっぷり(狂気)に身を任せられるような男は幻であって欲しい。侍女の寝顔を碧い目を輝かせ確認し、安堵してフッと消えた危険極まりないが羨ましくもある男は幻であって欲しい。それに比べ思い出したくも無い若き日、一向衆と必死に戦っていた加越の国境で突然、生と死の狭間を麻痺させる(狂気)が自分には無いことを思い知らされ立ちすくみ、恥も外聞も無く身を縮め谷にこもるよりなかった。悪夢の現実から目を逸らすために雪月花をまとい、女にまぎれ酒をあび、傷が薄れるのに十数年、途中イクサに出たこともあったが改めて確認しただけだった。ようやく傷が癒え塞がった傷口が、嫡子を亡くした衝撃で再び露わになったとき、不意に訪ねて来て傷口を舐めてくれた女。危険だが面白くてエロイ女の反応する姿態を反芻していたら何時の間にか雪が溶け、アノ男から誘いが来て震えた! アノ男の(狂気)に対抗できるのかと。しかし(狂気)のないわたしでも、照れた顔のアノ男とは対等に折り合えることは分かっていた。分かっていたのに圧倒された(狂気)の記憶を振り払えず尻込みしてしまった。その上、再度の誘いに蛮勇さえ奮い起こせず谷を出られなかった』

もし将軍義昭から直接の誘いなら行ったに違いないないと、何度も思ったことを思いながら独白する谷の男の顔を呆れて見ていて長政は確信した。

稲刈りが終われば浅井軍と朝倉軍が連合して入京するつもりだが、この男が本隊に先んじて小谷に寄り道したのは一乗谷における市蝶との三日間が忘れられないのだと。

市蝶に会いたいあまり、上洛して信長を討つというもっともらしい大義名分をしゃあしゃあと掲げ、悲しげな目を輝かせ揚々とやって来たこの男なら許せるというより妻を自慢したかった。そしてほかの男にも。しかし父久政と兄信長は不味い。

市蝶に会えると思って緩んだ顔を引き締めて義景が言った。

「義昭公から良からぬ手紙が来たが、弾正忠殿と喧嘩でもしたのか」

「何かの間違いでは?兄上と義昭公の関係は良好のはず」

「良好なのか将軍と弾正忠殿は。皇室とは?」

皇室との関係も良好のはずと聞いて、それでは上洛する大義名分がないなと呟いた義景の懐には、かつて信長に届いたのと同じ内容の色あせた密勅と、将軍義昭からの手紙があった。「何をしたいのだ新九郎どのは上洛したら」と義景が長政に聞いた。

  *

次の間の襖がすっと開いて茶々姫が入ってきた。数えで四歳、満で二歳と八ヶ月。

義景をチラッと見た目が青く光り踵をかえし襖がすっと閉まった。

   *

(上洛したら何をしたい?)ここまで来てなにを言ってるのだこの男はと改めて義景を見て呆れた長政が、「とにかく兄上をやっつけなくてわ」と言った。

(やっつける?)何を言ってるのだこの男はと長政を見て呆れた義景。

義昭公からの手紙には、信長の横暴さを怒る言葉はあったが討てとは書いてなかったと思った義景が、大義名分が無くてはと呟いたがそれには上の空の長政が言った。

「無くならないイクサは武士が引き受け血を流し、百姓は耕作に坊主は祈ることにそれぞれ専念させてイクサに関与させない方策を考える必要があると父久政は言っていたが、兄信長は目指すはイクサの無い世と夢みたいなことを言っていた」

「さすがは久政殿考えが深い。一方、憑かれたようにイクサをするアノ男は、イクサを無くしたい想いとの戦いに明け暮れていたのだ。内なる闘いに疲れたアノ男の狂気はイクサが無くなる前に死にたがるだろう。問題は誰が介錯するかだ!」

石山本願寺

元亀元年(一五七〇)秋九月十二日。

信長は確かに七十日程で二条館を造ったが、土台を据え木組みも他の材料も何もかも揃えてからの七十日なのだ。それに比べ、いちから準備して五ヶ月で出来たのは上々といえる五重塔の天辺に上った本願寺十一世顕如は早朝の風に吹かれ、震えながら本願寺城を間近にした陣形を望遠。刻一刻伝わる情勢を自分の目で確かめていた。

三好三人衆を主力にした一万三千余りが盟主に管領家嫡流の細川六郎を立てて七月半ば過ぎに阿波から渡海したが(その中に斉藤龍興の姿があったという)直ぐに京を目指す構えは見せず、本願寺の参戦を促すかのように石山本坊に程近い天満森に陣を張り、野田と福島に砦を築いて様子を窺うという報せを受けた信長は承知の上と八月半ばを過ぎて岐阜を発ち、京を通り石山を迂回して南にある四天王寺に陣を構え野田と福島の砦を大軍で取り囲んだのが八月末。あちこちの小競り合いを手探りに、二千の兵を従え出陣した将軍義昭を後ろ見に信長の本陣も天満森に迫り一触触発の雰囲気に覆われていた。

巡り会わせか何か知らないがなんでこんな近くで合戦しなければならないのだと、顔を

しかめて五重塔から降りてきた顕如を待ち構えていたように、「人の心が分からない貴方が図々しく説教を垂れるものです」といきなり罵倒した春子。

このごろ、体調が良いときには春子の罵倒が子守唄のように聞こえ眠くなるのだが、朝食を前にして胃の腑が痛くなりそうな顔をした夫光佐に妻春子が言った。

「読経だけは一人前で遠い本堂から聞きたくもないのに聞こえてくる声。お経の意味は二の次でこけおどしもいいとこ。こんな愚かな男の言い名付けにされたのが不幸の始まり。言い名付けにされたのは貴方の責任ではありませんが結婚は断れたはずなのに何故断らなかったのです。山科本願寺寺内町を焼き尽くし、夥しい門徒僧侶を虐殺した首謀者の養女とはいえ娘との結婚なんて、たとえ言い名付けでも断るのが当然なのにいろいろと差し障りがあるからなんて言い訳して、しかも火つけ役六角氏の猷子として迎えるなんて情けない。いつもだんまりを決め込んで、バカな女とは口をききたくもないお顔。私は貴方と話をしたいのに貴方はいつも知らん顔、なさけない。京の郊外には何時移るのです、早くしてくださいません。京には実家があるし両親も姉も友達もいます。妻と話も出来ない弱虫で意く地なしの恥さらしの貴方みたいな、何も知らない門徒からはあがめられているけど生きている値打ちもない生き仏なぞ死んだらいいのです。死になさい」

ああっすっきりしたと高笑いする背中を見送り、生まれた時から一緒になる定めの二人だから本来は相性がいいはずなのに何処でどう生き違ったのかと溜息が出た顕如

言いぱなしの罵倒に向き合わなかった付けが当然回ってくるがしかし、まともに向き合わないから何とか持って来たともいえる。両手を後ろ手で縛ってひたすら耐えている日々だがふと、おれは春子の立派な体躯に縋って生きているのかも! 何かの拍子に春子を手にかけてしまう恐怖から逃げるため五重塔に上り、本願寺城の堅牢さにほっとするのだと思い至った顕如は改めていかなることがあっても此処は護らなければと決意したが、思い出すと憂鬱になる書状が何時の間にか漏れ、困ったことになった。

  *

まだ永禄だったこの正月の二条館で、懐刀だと後で知った内藤という信長の臣から渡された書状に慄然とした。文面は慇懃だが内容は、換わりの地を与えるから石山を三年のうちに明け渡せという無理難題。しかも提示された場所は話しにならなかった。

京都の南、宇治川左岸沿い槙島から淀に至る広大な湿地帯。確かに京に接しているのは良いが、好きなだけ与えるといわれても池や沼が点在する湿地帯での工事の難しさと莫大な費用、掛かる年月の仮住まいを考えると到底受け入れることは出来ない。破却という言葉は使われていなかったが顕如にとって石山が無くなることは宗門が破却される以上の恐怖。内緒にしていたのに漏れ、春子は京に近いというだけで乗り気なのだ。

急かす春子の罵倒に曝される己の危機を真宗本願寺の危機にすり替えた顕如は、破却という言葉で門徒の決起を促す檄文を末寺という末寺に発し更に、秩序の破壊者信長を撃滅する必要がある旨の書簡をあちこち手当たり次第に送っていたが手ごたえがいま一つなのは求心力が無いからかもと打診した義昭公からの返事は未だ無い。

不安がつのりにつのり、五重塔から目にした織田の大軍に本願寺城が蹂躙され、春子を手にかけ破却する幻覚を見た光佐は自分があげた悲鳴で長い夢から覚めた。

夢とうつつの間で十四歳の新妻が寝息を立てている。

十五歳の光佐は境内の鐘を憑かれたように打ちつづけた。

呼応し、雑賀孫一の手から一発の銃声が闇を震わせ、潜んでいた雑賀党の銃口から楼岸の織田軍めがけて一斉に銃弾が打ち込まれ、本願寺城に閧の声が上がった。

比叡山

脅すような書簡を送った覚えも口にした覚えもないのに突然攻撃する本願寺に吃驚した信長をさらに驚かせた報せ、浅井・朝倉連合軍の進攻は分かっていたが湖西の要衝、宇佐山城守将森可成(十四年前稲生で共に戦った怙臣)の戦死にうろたえた。

元亀元年(1570)冬十一月。

城を出て迎え撃つ森可成は討ち取ったものの肝心な宇佐山城は落とせず、洛外の山科と伏見醍醐辺りを撫ぜただけで入洛出来なかった浅井・朝倉軍は素早く大坂から撤退して近江に駆ける織田軍を迎え撃つため坂本に陣を構えたが、追撃しない三好勢の動きと、森可成の仇を討つとばかりに迫る信長の勢いに臆したのか決戦せずに比叡の峰々に上がって三ヶ月近く、十一月も半ばを過ぎると下界では雨でも山上では雪になった。

そろそろ帰らないと越前は雪に埋まるし兵糧も尽きてきた。

「引きあげよう」と明るく言った義景。

 

イクサをやる気が無いのは分かっていたがこの明るさは、小谷の三日間を思い出しているのかもと呆れる長政を尻目に、密勅と手紙を火鉢に投じた義景は、チラッと見た少女の青く光る瞳がやがて男を手玉に取り天下を混乱させるに違いないと思った。

やる気はないが先が見える義景は二人の女を通して義昭公に頃合を見ての調停をあらかじめ頼むと同時に動揺させる為に後方からの霍乱、信長の足元小木江城をじわじわ攻めることを本願寺に依頼するくらいのことは画していた。しかし、あっという間に攻め落としてしまい守将の信興も自刃してしまったので救援の是非を悩む間もなかった信長に動揺する気配は無く、渡海したら一気に洛中を目差す構えの三好勢を、土佐の長曾我部が留守を衝くという偽の報せで牽制したのはあわよくば撤退するかもとの望みもあり、大坂から素早く撤収したのは本願寺の頭を冷やすためだったに違いないと思った義景。

 

一方の信長。森可成の戦死や信興の自刃に衝撃を受け動揺したのは事実だが、何時までも引きずっていたら戦乱の今の世、身がもたない。積年の恨みも少なからずあるが恨み事は次々に起きるから拘っていたら押しつぶされる。

本願寺に攻撃された時には吃驚したが、三好勢の渡海と浅井朝倉勢の進攻が打ち合わせた行動で無いことは追撃すべき三好勢の動きをみても明らかで、反織田勢力のばらばらなのを見透かしてのんびり、(イクサに明け暮れた信長の生涯の中でもこんなにのんびりした時は無かった)交代で兵を帰らせ慰安していたが頃合と見て琵琶湖水運の要堅田に兵を繰り出し、応じた朝倉軍が下山して応戦。門徒勢の応援も得て撃退した様子にこれ以上面目を立てようが無いと判断した義昭が調停に動き、織田方の働きかけもあり、正親町天皇が出した講和勧告の綸旨で和睦があっという間に成立してさっさと撤退した信長。

織田軍が撤退した次の日、負け癖がついたイクサ続きで戦利品も恩賞も何もなく疲れただけだとぼやく声も元気なく寒さに震えながらトボトボと山を下りる浅井朝倉軍。

浅井だけでもやるべきだと坂本での決戦を市之介に促されたのに、幼少から何かと比較され素直に意見を聞けない絡みついた臍の緒を噛んで長政は悔やんだ。市之介の提言は無謀だがどこかでケリをつけなくてはならなかったのだ。代々檀徒筆頭的役割を務め、勝手知ったる比叡山延暦寺にあっさり上った朝倉家当主につられて上ってしまったが、オレが踏ん張ればあの悲しい目で付き合ってくれたかも……。

降誕祭①

元亀元年(1570)十一月二六日。

本邦の暦で元亀元年十一月二十七日がユリウス暦の十二月二十五日に当たり、キリスト教にとって大事な催しの一つ、救世主イエスキリストの誕生を祝う降誕祭が姥柳町の教会堂でおこなわれ、参加した新六郎は暦の重要性を改めて知った。

永禄三年(一五六〇)古い町家を買い取り、ヴィレラ等会員の住居と礼拝堂を兼ねてささやかな祭壇が備えられた姥柳町の教会は、その年この都で初めてミサが行われた記念すべき所だが、傷みが激しく僅かの揺れでも倒れてしまいそうな怖さがあった。

ミサには一度出たことがある新六郎も降誕祭は機会が無く、光秀夫人煕子と娘珠子と何れも初めての三人が連れ立って二十六日の昼過ぎに教会堂を訪れた。

十一月二十六日の日没から始まり二十七日の日没まで続く降誕祭。本邦のキリスタンがあちらの暦を使っている理由はひとえに祈るために必要だからで、暦が無くては其の日も分からずそれこそ迷える子羊になってしまうということが分かった新六郎。

 

京に来て生まれて初めて伸び伸びした光秀夫人はひとり、荒れ果てた京の町を物ともせずに嬉々として出歩き、「やっぱり京だわ、美味しいからって十兵衛さまがおっしゃっていた食べ物屋は焼けて無くなっていたけど、ちょっと横丁を入ったところに美味しい店がいっぱいあるから回りきれないわ」と興奮気味でお徳が心配していたような気配は無く、むしろ短期間で吃驚するほど大人びた珠子の様子が気になりだした新六郎。

暗くなったら怖いので、直ぐ近くの法華宗寺院本能寺に泊まることにしていた光秀夫人が、「あした昼間にもう一度まいります」と言って帰りたくなさそうな珠子の手を引くのを見送り、このまま此処に居たいが会場が込んできたのでどうしようかと思案していた新六郎はロレンソに誘われ、ぎしぎし音をたてる階段を踏んで二階に上がった。

 

二階は三部屋あってロレンソが使っている一部屋に入ると、小さな食器棚から清原邸で飲んだことのある血の色をしたワインという飲み物とそれを入れるグラスと呼ぶ杯を取り出して日本酒みたいに並々と注ぎ、にっと笑って新六郎に差し出した。

「去年の正月に元服されたのですね、徳川家康殿の烏帽子親で。遅まきながらおめでとうございます。ちょうど九州から帰ってバタバタしていた頃でして……」

と言ってイルマンのロレンソがグラスを掲げた。

ロレンソに倣いグラスを掲げ、「わたしの元服のことをよくご存知ですね」と新六郎が首をかしげ、「ちょっと聞いたもので……」とロレンソが言った。

「しかも烏帽子親の名前まで」と言う新六郎に、「烏帽子親が誰なのかは生涯に亘って大事なことだと聞いています。わたしが感じるところでは徳川殿になったことは幸運なことだと思います。すいません余分なことを言いました」とロレンソが言った。

  *

頭脳明晰な日本人ロレンソ了斎神道や仏教の知識を基に日本文化をまじえて分かりやすくキリスト教の教義を説き、当代きっての教養人、結城忠正や清原枝賢の疑問にもよどみなく答え、納得した二人が後に洗礼を受けたほどの弁舌はかの朝山日乗との宗論にも発揮され、日本におけるキリスト教の布教に計り知れない貢献をしたのだった。

ポルトガル語スペイン語の先生でもあり、よく響く厚みのある魅力的な声で親子ほど年が違うのに丁寧な言葉遣いするロレンソ了斎が、烏帽子親が家康になったことは幸運だと言ってくれたことに、「ありがとうございます」と頭を下げた新六郎。

下から聞こえてきた賛美歌の歌声がいつも忙しくしているロレンソとゆっくり話が出来そうな雰囲気にさせ、元は琵琶法師をしていたと聞いていたので、「琵琶ですねそこにあるの」と言って食器棚の横に立てかけてある琵琶らしきものを指差した。

「そうです、もう長いこと弾いていないが……」

「その前は長いこと弾いていたのですか?」

「目がとにかく不自由ですから、生きるため琵琶を弾いてなんとか凌いでいたのです」

「琵琶を弾いて辻説法をしていたのですね?」

「辻説法なんて聞こえはいいが、琵琶を弾いて物もらいですよ」

「そんなことは……ザビエル司祭に会われたのはそんな時ですか?」

「そうそのころに、運命です。私にとっては運命!」

「幾つのときに会われたのですか」

「たぶん二十五、山口で。あれからもう二十年近く経ちましたがあっという間だった。苦しいことも楽しくて夢中だったが、これからも死ぬまで夢の中でしょうね」

会ってから一年程で日本を離れ、翌年に中国の上川島で没したと聞くザビエル司祭のことを何も言わないのは夢の中に生き続けているからに違いないと思った新六郎。

「夢の中ですか、うらやましい話ですね。生まれたのも山口ですか?」

「いや郷里は肥前

「ひぜん?」

「九州の西の端。口では説明しにくいから地図があればいいが……」

「ちず?」

「地形や地名をを詳しく記したものを便宜上地図と言っています。地図は経済活動や生活する上で必要かつ大事なものですから何時かはこの国の地図をつくらなくては……」

「なるほど。その肥前から山口に来たのは何故ですか」

「流れ流れて気が付いたら山口。山口は活気がありますから」

「山口で出会って直ぐ洗礼を受けられたのですか」

「ほとんど直ぐ。郷里には身寄りもいないし天涯孤独でこの体。それからずうっとイエズス会の手伝いをさせてもらっています」

スペイン人のフランシスコ・ザビエルが、この片足が不自由で盲目に近い日本人で怪異な容貌ともいえる琵琶法師の非凡な才能を瞬時に見ぬき重用したのは天啓なのか。

 

「洗礼を受けたのはキリスト教の教義を理解されて?」

「理解というより直感ですそのときは。これで救われると……」

「今では司祭を助ける修道士にまでなられていますが、はじめのころからイエズス会の仕事を天職のように感じたのですか?」

「天職という前に天命のように……」

「天命ですか……。直感で天命を感じたら迷うことはないですね」

「迷うなんて贅沢な余裕はとても……」

「迷うことが贅沢な余裕……わたしは十六歳の今日まで迷ってばかりです。修道士のロレンソは司祭になりたいと思っていますか?」

「思っていませんが思っていたらそれは迷いではなく欲望です。欲望は救う対象ではありません。諌めるだけです」

「わたしの迷いも救う価値なんてないかも……」

「救う価値の無い人なんかいないのは分かっているはずです」

「それは分かっているつもりですが、前から疑問に思っていたことで聞きにくいことをききますが、何かにつけキリスト教徒がユダヤ人を目の敵にするのは何故ですか?」

「イエスを十字架に掛けたのがユダヤ人だからです」

「でも、十字架にかかって殉教したから神の子になれたのではないのですか?」

「父と子と精霊の三位が一体ですから、子なる神イエスキリストは生まれる前から神の子なのは自明なことです。それよりそろそろ洗礼を受けられたらいかがです」

「三位一体のことはまだよく理解できていません」

「理解できなくても信じることは出来ます」

「理解ではなく信じることだと言いますが、信じて洗礼を受けるにはなにかが必要です。安心を得るために全てを捧げるのか、それとも何かのための大義名分を得るためか、身を投げ出させたものは何なのか! それに私の場合は三郎さまの許しが必要です」

「やはり恵まれている人には覚悟と何かの許しが要るのですね。いやっ嫌味ではなくわたしには覚悟は必要なかったですから。わたしにはただただ天命でしかなかったキリスト教を聡明な弾正忠様はどのように思っていらっしゃるのでしょうか? ふつう、説明を聞いても理解できない地球儀を表した絵ををはじめて見て直感的に地動説に肯かれたほどの方ですから、教義についてもご自分のお考えがあるかと……」

「三郎さまはたぶん、説かれる教義より、実際に何をしたか、しているかに興味があるのではないでしょうか。三郎さまが知りたいのは免罪符のこと、特に黄金の免罪符のことをイエズス会がどのように考えているのか知りたがっています」

「黄金の免罪符? 初めて聞きました」

「そうですか……洗礼はやはり三郎さまの許しが必要だと思っています」

「許しが出たら洗礼を受けますか」

「洗礼を受けないなら何も教えてやらないなんてことは……」

イエズス会の心ははそんなに狭くはありません」

「失礼しました。失礼ついでにお聞きしますがイエズス会は結婚を禁じているのでか?司祭や修道士の皆さんで妻子がいる方は見うけられませんが……」

「禁じてはいませんがあなたも知っている通り、異国での過酷な宣教生活に妻子を持つことは至難なことです。自分の命も危ないのに妻子の命まで守れません」

「でも結婚しなければ責任もないのだから女の人と仲良くしてもいいのでしょう」

「そういう無責任で破廉恥なことは、イエズス会は許しません」

「許されなくても内緒にしとけば罰が下ることは無いのでしょう」

「罰は下されます」

「下すのは聖母マリアですか?」

「こういうときに聖母マリアの名を出してはいけません」

普段のロレンソにはないきつい口調で言った。

「すみません。ところでロレンソさんは覚えていますか、去年暮れにかけてしばらく清原邸にいた華子という名の若い女の人のこと」

「もちろん! 華子さんは年が明けたらまた来られると思っていたのですが……」

「華子さんは聡明なロレンソさんが好きだったのですよ。何でも知っているし何ヶ国語も話せるしそれなのに偉そうにしないのがいいし声も素敵だしって……」

「……」

「だめですかこんな話」

「いやだめということはないのですが……」

「ロレンソさんを好きだった華子さんは尾張に帰って間もなく結婚しました。事情があって結婚式は挙げていませんが、子供も出来て来年の二月ごろうまれる予定です」

「事情って? いやわたしには係わりの無いことでした」

と呟き空になった新六郎のグラスに注ごうとしたロレンソの手をさえぎり、もう十分です御馳走様でしたと頭を下げ、グラスを布巾で拭き食器棚に戻して言った。

イエズス会は奴隷の売買に係わっていませんか?」

「いきなり何を言い出すのです」

「三郎さまが一番嫌うのは人を捕まえて奴隷に売る人取りです。男色を禁止している教義に不満を持っている三郎さまがイエズス会を優遇しているのは本邦には無い文化や技術を取り入れたいからで、キリスト教を信じているからでは無いということをイエズス会は知っているはずです。天皇の山に上って天皇になりたいとは思わない三郎さまは天上の山に上って絶対神になりたいとも思っていません。唯一の神を信じるキリスト教徒から見たら理解できないことかも知れませんが、自分が作った山に上って(どうだ)と言いたいだけの三郎さまは日本人一人一人が自分の山を作り、ヤオヨロズ(八百万)の神々と譬えられるほど数多くの神々のひとりになることを夢見ているのです。そんなことは無いと信じていますが、もしイエズス会イベリア半島からの支援が滞りがちなのを補うために奴隷の売買に係わっていることが明らかになったら、もし神となるべき日本人を海外に売っていることが明らかになったら、三郎信長の夢見る狂気はけして許さないでしょう」

と言う新六郎は、ヤオヨロズの神々の一人になって単体で戦うのがこの国に生まれた者の定めなら、縋るものがいない辛さに耐えるためには狂気が必要かもと思った。

元亀二年(1571)

春二月。

自分が生んだ、のどのつぶれた赤子が潮に引かれ、迷路のような水路をゆらゆらと流れていく光景に憧れていた川内の子華子は無事男児を出産した。

秋九月。

織田勢が比叡山延暦寺とその門前町坂本を焼き討つ。

同じ頃。

紫宸殿をはじめ禁中修理の大工事が二年越しに完了。

同じ頃。

皇室をはじめ公家衆の基盤を安定させるために皇室領などから集めた米を京の町衆に

貸し付け、その利足で経営を賄うという新たな試みを二人の若い財吏が始めた。

岐阜城

元亀三年(1572)正月二日。

病と称し年賀の挨拶を受け付けない信長は岐阜城の客間で、柴田勝家と木下秀吉と明智光秀徳川家康前田利家の五人に加えて内藤冶重郎を前に脇息にもたれていた。

常に前線で戦っているこの顔ぶれが揃うのは正月でも珍しく、密かに戦陣を離れている者だけがかもし出す妙な緊張感のなか、戦場に出ない後ろめたさを覚えながら、脇息に体をあずけている信長に子供の頃と同じ鬱陶しさを感じた冶重郎は、川内から帰って九年ぶりに会った時の狂気めいた凄みを思い出し、この主人はある部分大人になるのをやめて子供のままで、優しさと狂気との鬱陶しい戦いに明け暮れていたのだと思いながら目を向けた先に一人離れ、隅っこに座っている嫡男奇妙丸の爽やかな顔があった。

ふと奇妙丸の前髪姿に視線を向けた信長が、「奇妙丸はまだ元服していなかったのだな、忘れていた」といいもって風前の灯のような髷に手をやった。

「父上はお忙しいから」と言ってこだわりの無い笑顔を浮かべた奇妙丸だが、母になると言う女の乳を吸って噎せたとき、闇の中に男の顔が浮かんだのを思い出した。

なんぼ忙しくても三郎信長が忘れるはずがないと思う冶重郎が、「もうそろそろ」と言った。分かったと頷いた信長が手を鳴らすと襖が開き、数人の小姓が入ってきて酒と肴を載せたお膳を銘々の前に置いた。「おんなは正月休みでいないから手酌で」

と言って杯を口に運び、倣って手酌を傾けながら奇妙丸の微妙な立場をそれぞれの思惑で消化している一同を眺めていた信長が唐突に青臭いことを口にした。

「それにしても宗門はなぜあんな過激な旗印を平気で掲げられるのか不思議だ」

「今や祈るより強訴が本分のようで」と宗教の怖さを新たにした家康。

三河門徒一揆も激しかったのだ」と信長に続く突撃を思い出した勝家。

  *

松平家康の本拠地西三河は同じ三河の国の東三河より好奇心が旺盛といわれ、武士も新興の真宗門徒が多く、本願寺三河三ヶ寺と一家衆寺院本證寺が荘園時代から既得権として持っていた不入特権と呼ばれる、徴税や警察権や裁判権等の治外法権的恩恵に本願寺教団も潤っていた永禄六年(一五六三)不入特権をないがしろにする事件が起き、二度三度と重なると見過ごす訳にはいかず三ヶ寺が檄を飛ばし門徒一揆を起こした。

血縁が強い家臣団の反応は門徒ゆえひたすら門徒一揆に加わった家臣と、この機に本願寺教団の荘園時代からの既得権を排し、松平本家による一円(一元的)支配を目指す家康を支持する家臣とが家臣団を割って争い、宗教に地縁血縁が複雑に絡んだ争いは門徒一揆側の優勢に推移し、家康の本陣岡崎城に迫るほどだったが永禄七年一月、両軍の主力部隊が激突した馬頭原合戦で勝利した家康に帰参する家臣が増え優位に立った。

その結果、一揆の解体を条件に和睦したが、宗教の怖さが身に沁みた家康は解体に乗じて本願寺教団系寺院を西三河から一掃した上、真宗を禁制にするという厳しい処置をとった一方、信仰は捨てたものと見做し、帰参した家臣をいっさい咎めなかったので元々近しい家臣団の結束が強まり、東西三河一円支配後の道も見えてきた。

その馬頭原合戦で崩れかかった家康陣を襲う一揆勢の横っ腹を狙い、突然現れた百人ほどの塊が大音声を発しながら突撃。一揆勢を混乱させ家康方を勝利に導いて消えた頭領は二年前に同盟を結んだ織田弾正忠信長に違いないと推測した家康が、小牧城を訪ねて礼を言うとオレは知らんと笑っていたが、宗教の必要性は十分知った上で驕る心が生む破壊して止まない牙を取り除くにはどうしたらいいのかを考えるようになった。

   *

「この前川内に出陣したのは様子見だけだが以前、徳川殿が怖がって真宗を根こそぎ排除したように本願寺とは一度、徹底的に対決しておく必要があるのか冶重郎」

と問う信長に「御意」と短く答えて内藤冶重郎は思った。

以前、堺が矢銭を拒否したことを知ったイエズス会が、貿易都市堺の重要性を重んじて急遽、九州で布教活動をしていたロレンソを呼び戻し、説得するため堺に派遣して危機を回避したことはイエズス会が叡山の官房よりも堺の会合衆よりも信長の厄介な性格を知っていたということで、狂気を纏って突撃するのは得意だがズルイのは嫌いだから駆け引きも嫌いな信長が比叡山延暦寺にとった行動は、イエズス会から見れば当然なのだ。

 

ことあるごとに神輿を担ぎ出す山門とその僧兵は曲がりなりにも坊主なのだ。坊主以外は相手にするなと命令が出ているが戦場なのだ。誤って女子供を一人でも殺めたら夥しい女子供が惨殺されたと喧伝され、勢い余って一人でも首を刎ねたら数知れずの刎ねられた首で目を背けるほどの光景とか言われるだろうが叡山えの攻撃は(結果的に焼き討ちになり延暦寺に有った大部な文書を焼失させた謗りは受けるだろうが、大体が文書なんていい加減なもので、都合のよい記憶は誇張し取捨選択する辻褄合わせはご都合主義もいいとこだと思っている冶重郎)坊主が相手だから迷いは無かったが川内は違う。奔放な川内を人の目を気にする川内に変えてしまった報いは当然受けなければならないと思い、いろいろな策を弄してきたがやるとしたら川内の場合、実際に戦って血を流すのは坊主ではなく門徒や百姓なのだ。長島から帰ってきたとき、やるときは徹底的にやる狂気を見せた信長を思い出し今また、やるときは徹底的にやる必要があると口にした信長の言葉に黙した冶重郎と、地形を味方にした川内の手強さを、様子見のイクサで手傷を負った肌で感じている権六との醸す雰囲気で重苦しくなった空気を軽くかき回す声が聞こえた。

「去年の比叡攻めが終わったころから、松永弾正殿が義昭公を頻繁に訪ねなにやら話し込んでいる模様、注意しておく必要があるのではないかと思われます」

とさり気なく言って信長を窺う秀吉。

この男の巡らした網はたいしたものだ感心する冶重郎の脳裏に、芝居とは知らずに誘われて舞台に上がる松永弾正の端整で抜け目のなさそうな顔が浮かんだがそれとも、知っていて退屈しのぎに面白がってにやっと笑う顔も窺えた。人は人に甘えて生きているということを知っている者でも身の退きどころの難しさを思い、平手政秀や斉藤道三の退き際は確かに鮮やかだったが、田屋孫右衛門や山本佐内の身の処し方のままならなさは偶々なのだと思っている冶重郎は、人に甘えることを止める勇気がなさそうなこの面々を笑えない我が身の体たらくを自嘲しながら、何時でも何処でも駆け引きを楽しんでいるように見える男に、「羽柴秀吉殿は幾つになるのかな」と聞いた。

「三十五歳になります」と答えた秀吉にちょっと険しい顔をした信長が言った。

「藤吉郎はいつ羽柴になったのだ? 俺の知らぬ間に」

「えっいやまだ正式には……三郎さまのお許しをえてから……」

という秀吉から目をそらし、「丹羽と柴田で羽柴か、権六は承知か?」と尋ね、「承知のこと」と答えた柴田権六に肯いてそれ以上追及しない信長がこの男に甘いのは、大勢の家臣のうち唯一人嫌な顔をせず真っ直ぐ見返す目のなせる故なのかと思った冶重郎。

ふっと生気のある顔を見せた信長が脇息から身を離して襖に目を移した。

 

小姓が開けた襖の低い位置から顔を覗かせた幼児がしっかりした足取りで部屋に入って来た。続いて入って来た華子が襖を閉めて座った。

「すみませんお話中にお邪魔して、すぐ失礼しますから」

と言って頭を下げ微笑んだ華子。子を生し気ままな娘から大人の女に、芋虫からいきなり蝶に変身したような優雅さに加え二十歳を過ぎ、お市の方とは違った野生的な色香が全身からにじみ出る女になった娘に父親なのに反応してしまった冶重郎。

「蝉丸、こちらにいらっしゃい」と抱き寄せ愛しげに撫ぜていた華子が、「長くは生きられないと言われる父親をもったこの子も長くは生きられないのでしょか」と言った。

「そんなことは無い」とかろうじて冶重郎が言った。

「親は親、子は子なのだ、そんなことは無い」と吾に返った信長も言った。

うろたえる男たちを聞きながし、奇妙丸をチラッと見た華子の肢体が着物の中でしなやかに揺れ、「奇妙丸さまおひさしぶり。ご機嫌いかがです」としっとり笑った。

「機嫌はいつもいい」と言った奇妙丸が声を出さずに笑った。

まるで、地に足が付かなくても生きていける中州のようなこの国で、夜毎の夢精の中を漂っているような男たちを見回した華子が微笑を閉じて言った。

「育てるか処理するかどちらにするのか未だ決めていないの」

「未だ決めてないっていうが、育てているじゃあないか」と叫んだ信長。

「二月までに決めなければいけないの。生んでから一年以上経ったら育てなければいけない決まりがあるの川内には。長く生きられないならひとおもいに……」

と言って蝉丸の頭を優しく撫ぜながらわたしも一緒にと呟いた華子。

「ジジ様にお別れを、蝉丸」止めを刺すように言った華子が男達に頭を下げ、子を抱いた姿態を揺らしてぽっかり口を開けた薄濃の眼窩にすうっと吸い込まれて