輿① 

永禄九年(1566)九月三十日夕方7つ

覆った雷雲は一瞬で去りお神輿はなんとか輿に変身した。

明け六つの暗い中を大野木から運ばれてきた神輿。

珍しい構造なので何とかなると思っていた源吉。

だが、朝日が当たると半ば腐った神輿の現実が老いて日々腐っていく己の姿のようでついため息が出た源吉。

だいぶ前から見えにくくなっていた目がこのところ急激に悪くなった。

その見えない目で薄暗い中見た神輿。まともに判断できるわけがない。

ため息が出るのも無理はない。

 

そこえ源次郎がぶらぶらやってきて輿を一瞥。

「安定が悪いし重い」

と文句を言う源次郎に腹を立てた源吉。

四本の柱だけ残し屋根と飾りをすっかり取り外し、廃屋の古材を使い屋根型に簡単な骨組をつくり四本の柱を固定して簾をかぶせた。

大分軽くはなったが雨が降ったら不味いことになる。

一応桐油紙の覆いは用意したが漏れるに決まっている。

漏れても仕方がないし安定が悪いのも仕方がない。

まあ此の世は仕方のないことだらけだ。

開き直った源吉。

二天棒に横木と副木を付ければ安定するがいっそう重くなるし狭い山道は通れない。虫食いの台輪も心配だが……。

まあこの世は心配だらけだ

  *

物になりそうもないが頭の小六に(やれるだけやってくれ格好さえつけば)といわれてやれるだけやりが格好はついた。

頭にはなにか思惑があるんだろうが運べなければ苦労した甲斐がない。

大工として単にかませ犬では情けないと意地になった源吉の様子に職人達も面白がり、とりあえず格好はついたが……。

改めて輿を眺めていた源吉。

四面を覆う簾に野筋が付いていないことに気が付いた。

あるのが常態だが無くてもいいかと思った。

付けるのは大変だし、朝早くから詰めている女衆が疲れていることも分かっていた源吉だがちょっと意地の悪い本性が顔を出した。

頭が入れ込んでいるという噂のお徳という女を値踏みしたくなり簾と野筋を持って拝殿に行った。

源吉に頼まれて当惑するお徳。

その様子になるほどと肯いた源吉が拝殿を出たところで小六とすれ違った。

拝殿に上がった小六にお徳が何か言ってるのが源吉に見えた。

 

用を足し輿に戻った源吉。

やれやれと一服していたら、所在無さげにぶらぶらとやって来た供頭が輿を眺め(ほうっ)と言ったとき拝殿に歓声が上がった

続いて源次郎がこれまたぶらぶらやって来た。

「なんだこれは、スカスカだが大丈夫か」

と言って源吉を見た目付きは源次郎が幼いなころいなくなった、正確には源吉が追い出した母親に良く似ていた。

酔ったおり何度か、お前の人を見下すときの目つき母親にそっくりだと源吉から言われたことは忘れない源次郎。

「輿だったら持って運ぶのが常道だが持つには太すぎる」と言いさらに「担げと言われれば担げないこともないが」

と言って源吉に背を向けた源次郎には運ぶ気が全く見えない。

むっとした源吉。

「担ぐ輿もある」とつぶやく。

まあなんだと取り成す冶重郎。

「担ぐにしろ持つにしろ花嫁が乗ってくれなくては話にならん」

朝はそんな雰囲気だったがはっきり決まったわけではないしとつぶやき、

「小六殿に聞いてみよう」

供頭とも思えない頼りないことを言った冶重郎。

そこに拝殿の方から顔面を紅潮させた小六がやってきた。

「担ぐのか持つのかどっちだ」と冶重郎が聞いた。

「担げ。あたりまえだ輿入りだぜ。ワッショイワッショイ祭りだワッショイ景気をつけろ」とわけの分からないことを言う小六は雷に打たれたに違いないと思った冶重郎が眉を顰め、「お市さまはこの輿に乗る気があるのか」と聞いた。

「あんたが行って直接聞いたらいい。会いたがっていたぞ」

と小六が言った。

「そうか、会いたがっていたか!」

目鼻も付いたし報告方々ご機嫌伺いに行くかと呟いた冶重郎。

そんなことより小六がいちばん気になっていたことを聞いた。

「使者の三人が帰ってきたようだが、お徳殿の子供の無事は確認できたのか」

冶重郎が肯いたのでほっとして再び拝殿に向かった