庫裏④ 

永禄九年 (1566) 暮六つ半。

「男の方はうらやましい、幾つになっても簡単ですもの少年にもどるの。それに比べ女が少女にもどるのは……下手をすると化け物になってしまいますもの」

とお徳が言った。

黄銅色の乗馬袴に藤色の小袖、萌黄色の陣羽織を着て呟いたお徳、

お徳の立ち姿をためつすがめつ眺めていた市蝶が(よく似合います)と微笑んで座るように促した。

「蝉法師は無事小谷に着いたようですね」

と言う市蝶に「はいありがとうございました」

と素直に頭を下げたお徳。

 

小六が持ってきた嫁菜をお徳の髪に飾り肯いた市蝶が言った。

「共に三郎さまの血を引くお前の蝉法師と三郎さまが入り浸っていた生駒屋敷の奇妙丸は同い年」同い年がことさら人の心を惑わせる「蝉法師を預けている前田の家から怪しい影の報せが度々」鬱陶しいけど鬱陶しいだけなら我慢すればすむことですが生駒屋敷のお方がこの五月に亡くなられていっそう影が激しくなってきたという報せ「お前は成り行きに任せれば好いと冷たい事をいうけどわたくしは気が気ではありません」なんとなく延ばしていた浅井えの輿入れも三十路を迎え潮時「勘十郎君の首が現われたとか朝倉の一乗谷とかわけの分からないことを並べ立てて兄上を怒らせましたが輿入りはなりました」それはそれでよかったのですけど「あのときお前が雪ダマを投げたのは何故です?「引き返そうとした冶重郎殿を止めるため?それとも間道に入るわたくしを止めるため?」

と市蝶が首をかしげて言った。

「分からないのです。気が付いたら投げていました」と言ったお徳がさらに「それよりドサクサ紛れにおっしゃったことは本心ですか?きれいな体で出直しましょうとおっしゃったことは」

そうねと肯いた市蝶が自分のことは棚に上げて言った。

「いつまでも過去に甘えているのはみっともないことです」

「分かっています。でも……」

でもと言うお徳に市蝶が

過去は蜜の味。

過去は魔薬。

過去は時間という濾過器を通ると蜜の味に変わる魔薬。

あした胸をはって馬に乗りなさい。

乗って涙で作った虹を笑い飛ばせばいい」

と自分に言い聞かせるように言った。