小谷④ お屠蘇の会

永禄十年(1567)正月三日。

暮れからの雪は降り続き止み間は二日の一日だけで三日も雪になった。

二日に止んだのはお市の方の我侭が通ったのか?

花嫁のお披露目を兼ねた館の大広間には浅井の三将(赤尾清綱、海北綱親、雨森清貞)をはじめ重臣、国人、豪族が綺羅星の如く居並んだ。

その上大雪にもかかわらず、評判の花嫁を一目見ようと呼んではいない土豪地侍らも押しかけたので席を別室に何部屋も設け足りなくなったお膳や食器をあちこちから集める騒ぎ。

 

婚礼の席での浅井の慣わし杯事。

花嫁は全員にお酌をして返杯を受けなければならないそれも二回。

一回目は参列者が威儀を正して花嫁の前に。

二回目は酔いが回った無礼講の中、花嫁が参列者を廻る。

話を聞いて仰天したお徳。

普通の体なら心配しないがなにしろお腹に。

しかし、何も言ってはなりませぬという市蝶の強い思いに口をつぐんだ。  

長政の挨拶に続き孫右衛門の音頭で始まった。

促され座を見渡したお市の方が輿入れのときの出迎えを、

「挨拶が遅れましたがありがとうございました。不安だったわたくしがあの出迎えでほっとしました。おかげでこちらにまいってから楽しい日々をすごしています。今日は皆様にお会いできて幸せです」と言って上体を揺らしながら頭を下げた美しさと優雅さにどよめきが収まらない宴席。

心配げに控えていたお徳もお香と顔を見合わせやれやれと一安心。

 

用意された小さな杯は使わず差し出された杯を次々に空けるお市の方

微塵も乱れずにこやかな応接に次第に賛嘆する声があちこちから上がり長政まで男を上げる風景。

ほんのり染まった色香が男達の目を楽しませますます盛り上がる場内。

最後のひとりまで飲み干しほっと可愛く吐息をついた市蝶。

二回目に備えて姫屋敷で休憩。

  *

かわやで上と下から出しつくしすっきりした市牒。

吾助の湯でありのままになった顔をお香の手で直した市蝶。

髪を整えられ新たに装ったお市の方を眺めていたお徳。

やおら「殿御を化かすのはいつもながらお上手なこと」と嫌味を言ったが、「お前には敵いません」と軽くいなす市蝶。

「こんどはシオラシク、やりすぎたら化けの皮がはがれます」

と忠告するお徳にこりない市蝶のかわらない悪戯顔。

「みなさま出来上がってきたようですから、覚ましてさしあげましょう」

と言い残しお徳の心配をよそに揚々と宴席に向うお市の方

 

ことさらすました顔で座に着いたお市の方

酔いが回ってきた男たちの血走る視線を微笑んで受け止めるお市の方

やおら中幕の狂言のようにお腹を撫ぜるしぐさをしたお市の方

何事かとざわめく一騎当千の男たち。

万座を悪戯っぽい目付きで撫ぜたお市の方

「赤ちゃんが、赤ちゃんが出てきそうです余りのにぎやかさに」

と言ってにっこり笑って見せた。

 

赤ちゃん?一瞬静まり返った大広間。

ギェッと叫び声を押し殺しそこなったのは長政か孫右衛門か。

なるほどと杯を掲げた久政とちょっと歯を見せた市之介。

出てくるはずが無いのに調子に乗ってとお徳。

お香と顔を見合わせて笑いをこらえる。

 

広間を埋めた真っ当な男たちの小声がざわめく。

何がいいからかわからないけどとにかくもういいからいいからと口々に言う中をかまわず、「出てしまったらごめんなさい」と言ってお腹を撫ぜるお市の方

「時々動くの」とことさら顔をしかめ、ウッとうめき声を上げ威嚇しながらにこやかに移動するお市の方

別室で手ぐすねひいて楽しみにしていた男たち。

なのに酔いがさめた押しかけ組みの面々の中に宴席なのに前髪姿の子供を連れた石田正継と名乗った男。

じぶんのことより「倅の佐吉お見知りおきを」と息子を押し出した。

「賢そうなお子」とほほえみ、お市の方のお腹をじいっと見ていた七歳の三成の手を取り下腹に押し当てたのだった