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近親相姦➁
天文二十年(1551)春二月。
美濃の雪をうっすらと残した輿から降りた花嫁。
衣を外し、控える織田家の出迎えに軽く会釈した花嫁。
すっと空を見上げた十四歳の花嫁が、
「いいお天気!尾張も美濃も空の色はかわりないのね」
と真っ白な喉頸露わに言った。
村井貞勝と共に片膝ついて輿から降りる花嫁を出迎えた内藤冶重郎。
降りた花嫁が姉の帰蝶ではなく妹の市蝶だと知っていたが、それはそれとして、空を見上げた真っ白い咽喉に心を捉われた内藤冶重郎。
治重郎の後に控えていたお春。
そんな治重郎の様子に、しょうがない人と苦笑したお春。
去年尾張家の夫と別れ、化粧方になったお春が、三郎信長の嫁がどんな娘か小姑的な目をひからせていた。
花嫁の出迎えに男ばかりでは愛想がないと誰かが言い出し、婿の三郎信長の乳兄弟だからということで引っ張り出されたお春だった。
姉帰蝶との結婚が決まり、妹の市蝶も姉にくっ付いて必ず来るに違いないと思った信秀。なにしろ二人はいつも一緒なのだから。では二人をどこに住まわせるのかと信秀が考えたとき、二人の母が住んでいたあの屋敷が頭にうかんだ。
あのまま放置していた屋敷。
使えるかどうか見に行く信秀に付いていったお春。
埃だらけの二棟の屋敷を見て回りながら、ここに費やした時間と金が尾張の統一を遅らせたのは事実だが後悔はしていない、と言った時の信秀の急に老けたような表情を思い出したお春。
そして結局、二人はその屋敷の一棟ずつに住んでいたのだが、信長が清州城に移ったのを機に、なぜか市蝶だけ勝幡城に移ってしまったのだ。
明日をも知れない信秀を気遣い、形ばかりの婚礼があの屋敷で行なわれた。
むろん必要な修理はしたうえピカピカに磨きあげられていた。
昔は坊さんよんで自宅で葬式したもんだ。
俺の知人の父親は、自分の葬式のため、死ぬ三日前に、自分が臥せている部屋の畳の表替えをさせたほど豪胆な父親だったという。それはともかく、今死ぬかも知れない病人が寝ている布団を、あちこち移動させながら作業しなくてはならなかった畳屋さん、ご苦労様でした。ちなみに知人はその時世界中を放浪していて、後日母から聞いたという話。
花婿が杯を飲み干したのに続いて杯を飲み干した花嫁。
まだ十四歳なのに飲みっぷりがいいのは父親譲りなのか?
それはともかく
ほんのりと頬を染め、被衣越しに信長を見つめた花嫁が、
「わたくしは姉の帰蝶ではなく妹の市蝶です。輿に乗って輿入りは生涯で一度っきり」ときっぱり言った瞬間青い瞳が瞬いた!
ギョッまさか、兄妹!
花嫁の青く瞬いた瞳を一目見て血の繋がりを直感した信長。
兄妹の結婚!
結婚する相手が妹とは聞いていなかった信長。
姉をよろしゅうにという妹。
驚きがさめないまま妙に昂ぶった信長。
よろしゅうに言われてもと戸惑いながらが寝所に入る信長。
もうそこにいた。
花嫁そっくりの娘が白い寝衣をまとって一人寝床の横に座っていた。
「三郎さまですね。わたくしが妻になる姉の帰蝶です。よろしゅうに」
と言って手探りで頭を下げた。
目が見えないのだ!
目が見えないのは素振りで分かった信長。
双子の姉妹のうち一人の目が不自由なことは、重郎から聞いていたので驚かなかった信長に、見えない目で正対した女が、ニッコリ笑い妙な京なまりで言った。
「目が不自由な姉のほうが妻で申し訳おへん。それはともかく、妹が市蝶だと名乗った以外になんぞ失礼なことを言いまへんでした? 口から出まかせを言うのが妹の悪い癖なの。なければよろしいのですが……お手数ですがお手元の明かり消しておくれはりまへんか三郎さま」
怪しすぎる京ことばのせいか信長の目の前が真っ暗になった。
明かりが消えた漆黒の闇の中をススッと摺り足で近づいた帰蝶。
迷い無く取られた手をぎゅっと握られ驚愕した信長。
ギエッ! 見えるのだ!
光は見えないのに闇は見えるのだ!
ちびりそうになった信長。
結婚する相手が実の妹とも、闇が見えるとも冶重郎が言わなかったのは知らなかったのかそれとも、悪戯心で黙っていたのか……。
婚礼の席以来ビックリすることが重なった信長。
近親結婚を心配する信長の手を取り引き寄せた帰蝶が耳元で、
「今宵だけ夫婦の契りを、帰蝶はそれで生きていけます」と囁いたが無論一度だけでは済まず、「やや子は出来ませぬから」と夜毎引き寄せられる信長。
「三郎さまは何をしても許されるの」
と闇の中で三郎信長の体をまさぐりながら帰蝶が呟いた意味も、婚礼の席で市蝶がきっぱり言った「いちどきり」の意味も何もかも分からない信長には、闇を自在に闊歩し闇を支配する女の恐ろしさに抵抗する気さえ起きなかった。