近親相姦①

天文十八年(1548)春一月。

尾張の北西富田

領内川とも境川とも呼ばれる木曽川支流の右岸に立つ真宗聖徳寺。

その数ある塔頭のひとつの一室。

折に触れ飲み交わす二人の男が向かい合っていた

一人は織田弾正忠家の次席家老平手中務政秀。

もう一人は西美濃三人衆の一人安藤守就

酒好きの二人が話しているのは、

織田信秀の嗣子三郎信長と斉藤利政(斉藤道三)の娘との縁談

酒にはだらしないが性には峻厳な政秀は知っていた。

尾張の織田弾正忠家の跡継ぎ信長と、美濃の長井規秀改め斉藤利政の双子の娘が実の兄妹かも知れないのを。

知っていながら、

安藤守就は美濃に属してはいるが、尾張とも密かに通じていたから、実の兄妹かもしれないと、知っているものと思い込んだ政秀が、

「弾正忠家の三郎様と、美濃のお二人の姉妹のうちのどちらかとの結婚、いかがなものだろう」と新年の酔いに任せ戯れに言った。

まつたくの戯れだったのだ。なのに……

うんっ? という表情で政秀を見た守就。

道三の娘姉妹が双子なのは公然の秘密だった。

いつしか手酌で飲んでいる二人。

その二人の娘のうち一人の目が不自由なことは秘され、知るものは少なく、どちらの娘が不自由なのかはより厳重に秘され、知るものはより少なかった。

しかし、娘の一人の目が不自由なことは二人とも知っていた。

精進料理のつまみにはあまり手を付けていない。

不自由なのがどちらの娘かは二人ともはっきりとは知らなかった。

ただ守就は何となく妹のほうと聞いてはいた。

「結婚と言っても、お一人の目が不自由なのは中務殿も知っているだろう。どちらかを選ばなければならないとなると……」

と言う守就に、姉妹のどちが不自由なのかは知らない政秀は、

「そうだなあ……」と言葉をにごした。

しかし一方、

信長と姉妹が実の兄妹かも知れないという秘中の秘を、信秀に付いて僧坊に関わっていた政秀は知っていたが守就は知らなかった。

まあ守就に限らず知っているのは尾張.美濃通じてほとんどいなかったが。

なんぼなんでもこの話、

酔った政秀の戯れとは思った守就。

利政に、伝えるだけ伝えようと思っているうち忘れてしまった守就。

次の年の正月突然思い出し、今聞いたかのように伝えた守就。

思いもしなかった兄妹の結婚話。

「冗談だろう」と笑った斉藤利政。

笑ってはいたが、娘の異常に怯え、誘惑に抗せなかった己を責める利政。

しかしもしかしたら近親が交われば……藁藁をもつかむ思いが思わせたが、血で血を清めることなぞありえない。

純粋を求める血の残酷さを知っている利政だから、

娘を手にかけることが出来ないなら……いや、娘を手にかけるくらいなら、近親相姦を肯定したほうがまだましだと思った利政。

さりげなく政秀からの話に合意する旨伝えた利政。

するとなんと即、同じく合意する旨の返事が信秀から来た。

まさか信秀が受け入れるとは思わなかった利政。

唖然としながら顔が緩むのを押さえることが出来ず、思いもしなかった流れに乗って、これ幸いと下駄を預けることにした利政。

 

黄金の免罪符➁

近親相姦と黄金の免罪符の隠微な同質性を直感しながら戦略家信秀にとって婚姻は、織田弾正忠家の四面を考えると渡りに船ではあった。

このところ体の衰えをとみに感じ、もう長くはないではないかと気弱な日々が続いている信秀は思った。

あの堺の納屋宗次の屋敷で合った二人の娘。

あの二人の娘の妖気に囚われ身も心も入れあげた。

結果、忘れていたわけではないが尾張の統一にもかまけ、今の現状では、俺の身に何かあれば倅の三郎に統一はまだ荷が重い。

忘れていたが、あの姉妹に出会ったのも、もとはと言えば黄金の免罪符とやらのせいだ。なんか風が吹けば桶屋が儲かるみたいになってきたけどそれはさておき、俺は宗教に興味は全くなく、俺の親父の信定からも、宗教の話一度も聞いたことなかった。だから宗教的には何もわからないが、直感的に近親相姦が後ろめたいように黄金の免罪符にも後ろめたさを感じる。しかし後ろめたいから、より甘美な快感が増すということでは両者は似た者同士かもしれない。まあ俺には縁がないが、倅の信長のほうがなんか宗教的なかんじがすることがある。むろん四面楚歌が第一の理由だが、黄金の免罪符を知るうえでも、この際近親相姦してみたらいいのではないかと思う。あとづけだけど血の巡り良くなるだろうから。

改めて思うに、近親相姦にもいろいろあるが、父親が娘をと言うの結構はよくあるらしく、思い余って娘が父親を殺すという悲惨な結果に終わることになる場合が多いようだ。あまり聞かないのは父親と息子の近親相姦。だが小姓を愛でる習慣があれば息子を愛でるということも考えられる。俺はおなご一本だから男色は興味ないというより気持ち悪いし、息子となんか思っただけで吐き気がする。だが治重郎とはまだ元服前ふざけてそんなことしたことあった。しかしもし父子がそんな関係になったら最後は、息子による父親殺しがあつても当然と思える。そして息子に襲われたら父親は、是非もないと言うよりしょうがない。

とは言っても近親相姦、あまり続けると血が濃くなって良くないらしいが、ちょっとなら刺激があっていいのではないだろうかとも思うのである。