釣瓶①

天文二十二年(1553)夏六月。

暑い夏の日の信長。当年二十歳。

聖徳寺から帰る途中、喉が渇いて勝幡城に立ち寄った信長。

裏門からはいり裏庭の井戸に行くと、釣瓶を手繰っていた少女がいた。

少女に水を所望すると、「水呑をおもちしますから」と言って横目で見た。

その横目の瞳の深い闇に捉われ、「直ぐ飲みたいから口移しで飲ませてくれ」と思わず口から出た本人が吃驚する台詞。

ニッコリ笑った少女は水を釣瓶から口に含み躊躇無く顔を近づけた。

びっくりした信長。

逃げ腰の唇に唇が触れた瞬間ごくりと喉が動いた。

あっとしくじった顔が愛おしくなり名を聞くと、「徳と申します」と答えた少女。

今度は信長が釣瓶から口に含んで、唇から唇に舌から舌に眸を碧く輝かせ何度も何度も注いだのだった。

そしてどちらともなく近くの納屋にもつれるように入っていった

 

お徳が血反吐をはきながら覚えさせられたのは暗殺の技だけではなかった。

女忍のお徳と交わった男は快感が忘れられなくなるという技。

信長も例外ではなかった。

しかしその代償として、つねに身近に男が (女でも代用きるが) いないと生きられないという厄介なものを背負い込んだお徳だったのだ。

ちなみに、男は猪や鹿や野鳥や時には熊など捕獲して里に下り、米や野菜や魚などと交換して食料としていたが、時として不猟続きで食べ物が不足するときがあった。そんなときでも、自分は何も食べなくても少女を飢えさせることはなく、それも忍者を育てる一環のうちだと男が思っていることを少女は感じていた。

それが少女に耐え続けさせた理由のひとつではあった。