長良川

永禄十一年(1568)秋九月に入ってしばらくしたころ。

三郎信長が京に発つと決心したので川内に行くことにした内藤冶重郎が頭の中に持ち帰った川内の図を信長に渡したのは万一のことを思ったからだった。

艪を漕ぎながら輪中と島を巡り、その日のうちに憶えた水路を整理して下図に描き、それを凝視して網膜に焼きつかせ、しまって置いた脳裏の整理棚から順番に取り出し再び描いた要所要所の図面数十枚。お小夜が示したのは処分し忘れた下図の一枚だった。

  

稲葉山城を見上げる長良川の堤。

虫の知らせか城を抜け腰を下ろして陽に温もり、川内のことを思い出している内藤冶重郎の目の前の川岸に主を待つ小船が一艘杭につながれ揺れている。

墨俣から上ってきた船が着くより早く飛び降りた男が源次郎なのでびっくりした治重郎をしり目に小船にもやいを結ぶのももどかしげに早口で、「きのうお徳さんらしい女が益田の屋敷に現われた」と言った顰めた声が水音に隠れた。

びっくりした治重郎をさらに仰天させた知らせに、っ本当か!」と聞き返した声が柄に無く裏返った。

本当ですそれを知らせに急遽ここにと言う源次郎に

「益田?何処の益田だ?らしい女とは本当にお徳か!」

と言う治重郎に頷き「新六郎さんからの知らせで、とりあえず事の次第を報せるため上洛途上のカシラに急の使いを出した。本人は千代と名乗っているが母上に間違いないと新六郎さんがーー」と源次郎

「言っているのか!」と言いながら思い出した「益田というのは益田内膳?」

頷いた源次郎が

「益田内膳の奥方とカシラの母親はイトコ同士で、それはともかく八年前カシラと結婚する直前、娘のお千代さんが行方不明になって以来母親のお史さんの様子がおかしくなっちまった」と早口で言った

「ちょっとまて、お徳が千代と名乗っているのは何故だ」

「それは記憶がないため、自分が誰だかわからないため」

「記憶が無い! やはり」お市の方が危惧した通りなのだ。

「だから益田内膳は母親のお史さんのためにもお徳さんを娘の千代として二人を直ぐにでも結婚させたがっている」

「小六がどう思うか、いや小六のことだ直ぐに……」

   *

「お徳は記憶を無くしています、その上……」

あのとき一乗谷お市の方が血をにじませるほど唇をかんで言ったこと。

みんな半信半疑だった。もしお市の方の言うとおりなら、命と引き換えに記憶を失ったということか! 怖くてお徳の顔をまともに見られなかった。お春もお福も吾助も市之介も光秀もお菊もお豊もみんな息を呑んで見てみぬふりをしていた。

市蝶が肯き冶重郎が決断した。発つことが分かっていたが止めなかった。何? が危惧するとおりならそれしかなかった。

  *

一乗谷を去って三ヶ月。いたたまれない小六にも捜すなと止めた。

よく生きてここまで辿り着いてくれた。これから先は人事を越えた殊。

ひとまずほっとした冶重郎

ほっとしたはずみに源次郎に会ったらぜひ聞きたい事を思い出した。

「川内が荒れてきたと聞くが源次郎、年貢がここ数年のうちに驚くほど上がったのが原因なのか」

二十七才で川内を去ってから十九年経つ冶重郎の問いに肯いた源次郎。

鍛冶屋の娘に魅かれ親も認める付き合いのなか、いつしか如来を拝み南無阿弥陀仏を唱える門前の小僧になった源次郎が結婚を申し込んだ直後突然娘を失ったのが小谷え行く直前だった。

娘のことは無論、川内が好きな源次郎の顔が暗くなった。

「自分たちの食い扶持さえも危ないほど年貢が上がって百姓は悲鳴を上げ、景気が悪くなり回らなくなった商人や職人は仕事が手に付かない。膨れ上がった寺内町の住人の少なからずが家を追われ借金取りに追われ悲惨な状態。

(イクサだイクサだ織田をぶっ殺せ)と織田を悪者にしてわめく浮浪人があふれているのが長島の現状」

かつて本願寺の影響力を心配した冶重郎。全国的に収穫量が減少して本願寺の見入りも相応に減ったのでそれを補うために年貢を上げたとしか思えない。

「唾棄すべきは人を員数だけでしかみない机上の算盤顔。せめてホトケの道を説く坊主だけでも如来の顔を立てて慈悲の心を発しても当たり前と思うが、思わないようだ」

 

稲葉山を見上げて溜息が出た冶重郎。ずるいのが嫌いなだけの金持ちのぼんぼんがあんな所まで祀り上げられてしまってもう下りることもできない。

「お藤は元気か」と冶重郎がふとあの時のことを思い出して訊いた。

  *

あの時、急く足に任せ本堂の裏に行った冶重郎がお藤の首を絞め続ける源次郎の腕を解いて絶息したお藤を蘇生させた。われに返った源次郎に絞めたわけを訊いた。

【ことがすんで急に狎れ狎れしくなったお藤が、(市姫が落馬したのは私が馬に呪いを掛けたから)と言って自慢そうに笑ったのでむっとした俺の顔を見て尚、(輿に呪いを掛けたのもわたし)などとぬかし、母親そっくりの顔で笑ったのでついかっとなってしまった】

  *

責任を感じた源次郎が連れ帰ったのは冶重郎も知っていた。

「元気ですが子供が生まれるんでもう直ぐ」

「それは知らなかった何かお祝いをしないと」

「お祝いなんて、あの時世話になったお礼もまだ。そうだ、冶重郎さんの娘さんとこのあいだ長島ですれ違いましたがもう大人になって、幸い母親似のようですよ」

「ふっふっそうか! 近々行こうと思っているのだ川内に」

「そのときはお供を」と言いながらもやいを解いて川中に出た源次郎。

「お徳のことくれぐれも」と言って見送った冶重郎