黄金の免罪符③

永禄十二年(一五六九)十一月初め。

墨俣から上京して半月程たった清原邸。京見物も紅葉見物も一通りすませ、京の底冷えを感じながら宛がわれた離れの居間でのんびりとお茶を飲んでいる三人。

この朝突然奇妙丸が訪ねてきた。「親父殿が京え行くというので付いて来た」と言ってとりとめもない話をし、「握手を」と言って戸惑う三人の手を握って帰っていった。

新しがり屋なのは父親に似ているなと思った新六郎だが、カトリックの宣教師のことをバテレンと呼ぶことを最近知ったばかりのおぼつかない知識に不安がいっぱいで、「華子さんと二人で岐阜に行ったとき上のお城で、彼の国の文化を学び黄金の免罪符の意味を調べろと三郎さまに言われたことを覚えていませんか」とさりげなく華子を窺った。

「文化?黄金の免罪符?わたしは聞いてないけど」

と言いながら手を取られて上った櫓の上で(お前の文化をおしえてくれ)と言った三郎信長の動きを鮮明に思い出した華子は裾を押さえてぼおっとなってしまった。

不意に女を発した華子を見て、あの元服のあとの甘媚な感触が忘れられず、一度だけ我慢できずに抱きついたが握られ悶絶しそうになった激痛が甦った新六郎。へこみそうになったが気を取り直しあの時以来姉弟みたいに振舞う華子に、「お市さまが十月中に京都見物に来られるらしいと聞きましたがもう来ているかも」と繕う新六郎。

お市様と聞いてわれに返った華子に、

「もう来ているのなら会いたい。お千代さんはお市様に会ったことあるの?」

と無邪気に訊かれ返事に困る千代。

「免罪符も文化なのですか母上」と戸惑う母を庇うように新六郎が訊いた。

「そんな難しいこと……」といっそう返事に困る母千代。

「黄金の免罪符って誰が必要としているのですか母上」としつこい新六郎。

返事に窮した母千代は仕方なく、奈落で聞いた噂話をそのまま言った。

「生き続けるという至上の約束。どんな社会でもどんな個人でも生まれるときに結ばされる約束。約束した覚えは無いといっても尚、『黄金の免罪符が生を躍動させる原動力だ』とうそぶく代理人に、『そんな近親相姦のような隠微な文化がなければ生き続けられないなら無理に生き続ける必要は無い。生き続けるための血はもう充分流したのだから』と言い切ったのが誰なのかは措いて、代理人を派遣したのはもしかしたら同じ穴のムジナかもしれない神と悪魔が結託して……」そんな訳ないだろうと誰かが言った。

  *

ローマ教皇制の硬直した組織と教会の強大な権威(免罪符濫売等)に疑惑を覚えたドイツ人マルティン・ルターが一五一七年発した抗議書を端緒に、信仰を教会ではなく聖書に求める宗教改革が沸き起こり、福音派をはじめ次々に生まれた教派の教義は異なるが思いは同じで、口々にローマ・カトリック教会キリスト教最大教派。普遍性を御旗に使徒ペトロの後継者としての教皇が統治)にプロテスト(抗議)をしたのでまとめてプロテスタント(抗議者)と呼ばれた新教と旧教との血を血で洗う争いに政治経済が絡んで巻き起こった嵐を横目に、一五三四年(信長誕生の年)結成されたカトリック修道会の一派イエズス会は、パリにある聖バルバラ学院でバスク地方ナビア王国出身のスペイン人フランシスコ・デ・ザビエルと同室になり、「聖母マリアの騎士になろう」と誘った同じナビア王国出身の元軍人で霊操者イグナチオ・デ・ヨロラを中心にイベリア半島に在る二大王国に援護され、戦闘的伝道を始めると共に教会の改革にも積極的に係わっていった。

  

一五四二年、インドにおける影響力の低下を懸念したポルトガル国王ジョアン三世の要請を受け、イエズス会の存亡を担ったフランシスコ・ザビエルは、教皇パウロ三世の使節として二度と国には帰れないだろうという覚悟でインドのゴアに赴任したが、実らない成果と植民地経営の腐敗に憤激! 腐敗の現状を詳細に記述した内容の書簡を全てのキリスト教国の国王に送ろうとしたほどだったが気を取り直し、新たな目標を求めて東南アジア巡行の途中マラッカで出会った日本人アンジロウに光明を見て日本に行くことを決意。天文十八年(一五四九)イエズス会宣教師として初めて日本に来航した。

  *

記録では、天文十八年七月(一五四九年八月)鹿児島に上陸したフランシスコ・ザビエルと云うイエズス会バテレンが翌年、山口を経て呉から海路堺に至り、途中偶然紹介状を得た堺の豪商日比屋了珪の伝手で天文十九年十二月(一五五一年一月)入洛したが僅か十日ほどで離れたのは、帝に謁見できなかったことや山門をはじめとする仏教界との宗論が不発に終わったこともあるが荒廃した都に失望したためだったという。

記憶では、天文十九年十一月十九日(一五五〇年十二月二十四日)入洛して直ぐ訪れた儒学者清原枝賢の所で、(日本人ほど理性に従う国民に今まで会ったことが無い)と言って市蝶の心を捉えたザビエルと妙覚寺の一塔で対面した帰蝶は、祖父が転びバテレンだったこと、黄金の免罪符のこと、混乱する日の本を収める資質が祖父の血を継いだ男には有ると言われたことなど、妹の口を封じ父道三以外誰にも言わなかった。

   *

世界中に植民地を広げているスペインとポルトガルの二大王国は、おなじイエズス会の援護国で隣り合っているのに文化がかなり違うとロレンソから聞いていた新六郎は、ポルトガル人のヴィエラ先生が植民地のことをどう考えているか興味があった。

「まだ習い始めたところだから、ポルトガル語で神と植民地との関係のことや免罪符のことなど詳しく訊けないのが残念。早く自在に話せるようにならないことには……」

と残念そうに新六郎が言うと肯いた母千代が言った。

「そうね早く立派な人になってお母さんを安心させてください」

覚えがあるこの台詞を言える人は唯一人。えっ、まさかと仰天した新六郎の後ろの襖がスッと開いてお市の方が立っていた。そして言った。

 「聖母マリアの騎士フランシスコ・ザビエルプロテスタントに転んだバテレンを追いかけていたのです。ポルトガル人で転びバテレンだった祖父の血筋を追い、地の果てのようなわたくしたち兄妹の所在まで探りあて、もし異端に染まっているなら黄金の免罪符をかざし、容赦なく十字の鉄槌を振り下ろしたでしょう。忘れもしない今から十九年前の天文十九年十一月十九日(ユリウス暦一五五〇年十二月二十四日)わたくしたち姉妹とのきわどい邂逅。あくる二十日に京を発つ予定で姉妹が顔を揃えた妙覚寺の一塔。乳飲み子を抱いて闇に輝き授乳する姉帰蝶聖母マリアその人をその日に見たザビエルは驚愕のあまり涙ぐみ、『同じ神を信じる者が互いに異端と罵りあい殺しあうことが、みずから十字架に架かって恐ろしい苦痛を代償に贖罪を得たイエスを辱め聖母マリアを悲しませるなら、許しを請うため異国の地でのた打ち回りながら死ぬ覚悟で秘中の秘を教えよう。お二人の祖父母が命を懸けて抗議した《黄金の免罪符》とは、犯した罪に対する免罪だけではなく、これから犯す罪に対する限りない免罪の保障なのだ』と言って十字を切ったのです。二人の母に埋め込まれ三人の兄妹の血に流れる攻撃的な文化に抗し、わたくしは分裂し姉上は闇の中にそして兄上は人の悪意を理解出来ずお徳はとばっちりを受けたのです」

 

そうですねお徳と言って飛ぶ首を覚悟し唇をかみ締め凝視するお市の方

「お徳さん」と叫んで抱きついて来たお福の体を撫ぜながら、「きっと来られると思っていましたお市さま」と言ったお徳の首が無事なのを確認してほっとした市蝶。

「久しぶりですお徳お前も変わりない様子で結構なこと」

と言ってお徳の手を取って引き寄せ胸にしっかり抱きしめた市蝶。

「夢みたいです。もう二度とお名前を呼ぶことは無いと思っていましたから。でもお預かりした黄金の免罪符はもうわたしにはありません」

「その話はわかっているつもりです。とにかく無事でなにより」

「お福と二人だけで京まで来られたのですか」

そんなはずは無いと思ってまわりを窺うお徳の前に市之介が姿を見せて言った。

「みんな案じているのです。明日にも会い来るでしょう」

なんかおかしいと思っていはいたがお徳さんなんだやっぱりとなんか納得した華子がお市の方の様子のよさに思わずそっと近寄ったらなぜか川内のにおいがして目を閉じると喉の潰れた嬰児が何体も連なってゆらゆらと流れていった。